空き瓶の研究日誌

生物系大学院生の備忘録

論文備忘録)クラゲ触手の発生過程/ 刺胞細胞の形成過程

リファレンス-1

Structural and developmental disparity in the tentacles of the moon jellyfish Aurelia sp. 1.

Gold, D. A., Nakanishi, N., Hensley, N. M., Cozzolino, K., Tabatabaee, M., Martin, M., ... & Jacobs, D. K. (2015).PloS one, 10(8).

https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0134741

 

要旨より

クラゲの触手にも多様性がある

刺胞動物の触手は捕食や防御のために使われる器官であり,種間や同一個体の異なる成長段階や位置に応じて非常に多様化している.この研究では,共焦点顕微鏡やTEMを用いてミズクラゲの仲間(Aurelia species 1.)において触手の発生と構造を調べた.ポリプのoral tentacleとクラゲのmarginal tentacleでは細胞増殖のパターンや,細胞・筋肉様組織の構造も明らかに異なっていた.具体的には,細胞増殖のパターンについてはmarginal tentacle では基部のtentacle bulbに細胞増殖部位が集中しているのに対し,oral tentacleでは基部だけでなく触手全体に増殖部位が点在していた.このような触手のタイプ間での構造の違いは,捕食戦略の違いなどを繁栄していると考えられる.もちろんさらに詳しく調べていく必要があるが,触手のタイプ間で細胞増殖プロセスに保存されたメカニズムが見られないということは,今まで提唱されていた刺胞動物の触手が相同で保存されたボディプランの一つだということに疑問を呈したといえるだろう.

 

リファレンス-2

Ordered progression of nematogenesis from stem cells through differentiation stages in the tentacle bulb of Clytia hemisphaerica (Hydrozoa, Cnidaria).

Denker, E., Manuel, M., Leclère, L., Le Guyader, H., & Rabet, N. (2008). Developmental biology, 315(1), 99-113.

https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0012160607016065

 要旨より

空間的に制御された刺胞細胞の形成プロセス

Nematogenesis (刺胞動物が刺胞細胞を作ること) は神経の発生のモデルとなるプロセスだと考えられる.というのも,刺胞細胞は他の感覚細胞と同じ系列の幹細胞から作られ,どちらも刺激を受容・統合して応答する働きを持っており,高度に発達した神経細胞だと考えられるからである.さらに左右相称動物における神経の発生などに関わる遺伝子群が刺胞細胞の形成の過程でも働くことが示唆されており,刺胞細胞の形成過程を調べることは刺胞動物と左右相称動物の共通祖先における神経形成のプロセスについての理解を深めることにも繋がると考えられる.しかし遺伝子に関わるデータは淡水性のヒドラに限られていた (ヒドラの場合,体幹部の外胚葉でバラバラに刺胞細胞が作られ始め成熟した刺胞細胞が後に触手に運ばれる).本研究ではウミコップ属のClytia hemisphaerica の触手におけるnematogenesisに着目し,刺胞細胞の形成がtentacle bulb (触手基部の特殊化したこぶのようなもの) の外胚葉に限定されることを明らかにした.様々な顕微鏡技術を用いた解析の結果,刺胞細胞自体で起きているプロセスはヒドラと類似しているが,空間-時間的にはより整然としたプロセスを経ていることがわかった.tentacle bulbの外胚葉 (tentacle bulb nematogenic ectoderm; TBE) には極性があり,未成熟な細胞が大半の基部側から触手が伸び始める先端側にかけて連続的に成熟度合いの進んだ細胞が見られるようになっていた.細胞の移動を短期的に追跡したところ,触手の先端に向かって基部にあった細胞が先端部の細胞と置き換わっていることも確かめられ,ヒドラと比べより急速にnematogenesisが進むこともわかった.刺胞の形成に関わることが知られている遺伝子 (Piwi, dickkopf-3, minicollagens, NOWA) のオルソログはTBEにおいて入れ子状に発現しており,この特徴的な発現様式もふまえ,今後nematogenesisを制御するメカニズムを理解するためにClytiaのTBEについてさらに詳しく調べていく必要がある.
 

 

気になる日本語表記

「~目」と「~め」の書き分け

 

研究計画などを書いていると時折日本語の文章の変換で迷うことがあります。

せっかくなのでブログにまとめていこうと思った次第。

 

今回気になったのはタイトルの通り「~目」と「~め」の書き分けについて。

二番目、三個目などは漢字で書いても全く違和感がないが、「一項目め」は漢字にしてしまうと「一項目目」。これはさすがにおかしいのではと思ったため、このあたりのかき分けはしっかり決まっているのだろうかと疑問に思い調べてみました。

 

以下のサイトの記事にわかりやすい説明がありました。

参考:https://ameblo.jp/taperewrite/entry-12283671027.html

 「~め」は基本的に漢字表記であり、気になった「~項目め」が例外に当たるらしい。

 

同じブログに「~味」と「~み」の書き分けについての記事もありこちらも勉強になりました。(https://ameblo.jp/taperewrite/entry-12283670272.html)

”「み」の場合漢語につく場合は漢字表記、和語につく場合はひらがな表記”

とのこと。気づかずに間違った使い方をしてしまいそう、気をつけていきたいなぁ。

 

論文備忘録)RTKからERK/MAPKへのシグナルの統合

リファレンス

Integrating signals from RTKs to ERK/MAPK. 

McKay, M. M., & Morrison, D. K. (2007). Oncogene, 26(22), 3113-3121.

https://www.nature.com/articles/1210394

 

要旨(和訳)

RTKという物質を介した細胞のシグナル伝達の話

生体において適切な反応を起こすためには,細胞表面で受容されたシグナルは細胞内のターゲットに適切に伝達されなければならない.このシグナル伝達プロセスにおいてreceptor tyrosine kinases (RTKs)は良く用いられており,多くの細胞外の刺激の入り口として機能し,細胞間のシグナル伝達経路において重要な役割を果たしている.RTKを介したシグナル伝達に欠かせないのが mitogen-activated protein kinase (MAPK) cascade という経路であり,これはRaf, MEK, extracellular signal-regulated kinase (ERK) kinasesから成り立っている.長年に亘りRTKsからERKへのシグナル伝達は細胞膜でのみ起こり,Rasに仲介されたシンプルな経路だと考えられてきた.しかしながら,RasとERKが様々な細胞間の要素により活性化され得り,RTKが他の酵素などを導入することによってRas/ERKシグナルが改変されうることが発見され,このモデルだけでは説明できないことが明らかになりつつあった.さらにERKの反応の土台となりシグナルを調整するタンパク質も見つかり,RTKを介したERKシグナルの強さ,長さ,場所の決定に大きな役割を果たしていることがわかった.またこれらはRTKシグナルにより引き起こされる生体反応の多様性にも寄与している.

 

コメント

一言:複雑だからこそ反応の多様性が生まれる

今回の論文は面白いものを選んだというというよりお勉強のためのチョイス.アルファベットが並んでわかりづらく,忍びない.もともとは直線的でシンプルな経路だと考えられていたようだが,論文中の図にあるように様々な分子によって細かく制御されているようである.RTKは突起の形成なんかにも関わるとされているので,腕や角など様々な器官の形成に関わるかもしれず,非常に重要な経路なのだろう. 

 

 

論文備忘録)二枚貝類のtentacle

リファレンス

Form and function of tentacles in pteriomorphian bivalves.

Audino, J. A., & Marian, J. E. (2020).  Journal of morphology, 281(1), 33-46.

https://doi.org/10.1002/jmor.21077

 

要旨

二枚貝類の触手に着目した研究

Tentacle (触手) という形質は様々な無脊椎動物で見られるがその形態や機能は多様化している.二枚貝類も外套膜の周縁にtentacleを持っており,防御や分泌,感覚器官としての役割を担っている.しかし解剖学的な知見が不十分でありその多様化や進化についてはまだはっきりとわかっていなかった.Pteriomorphia (翼形類) はカキやホタテ,アコヤガイなどを含む分類群であり,二枚貝類の中でも特にtentacleが多様な形態を示す.本研究ではこの翼形類に属する4科6種について,組織学的な手法・SEM・共焦点顕微鏡を用いてtentacleの解剖学的な解析を行った.Tentacleはその外套膜状の生える位置に応じて middle fold tentacles (MFT) と inner fold tentacles (IFT) に分けられる.MFTではその構造から粘液物質を分泌していると考えられるが,IFTではそのような構造は見られない.しかし両方のタイプで粘液を輸送することに適した繊毛の分布と長さを持っていた.また防御や感覚器官としての役割については繊毛の分布などに加え筋肉の構造や神経支配の様子をもとに考察を行った.以上の結果から,MFTとIFTの相同性は PterioideaとOstreoideaの間でのみ見られ,構造上大きな違いが見られることから翼形類全体で相同な形質ではないと考えられる.本研究では,このように表面的にはよく似たtentacleという構造について,その相同性や機能を理解するために必要不可欠な解剖学的な要素を明らかにすることができたと言える.

 

コメント

一言:触手にも色々ある

触手というとイソギンチャクとかクラゲの触手のイメージの方が強かったので,二枚貝にもtentacleと呼ばれる器官があることをそもそもあまり意識したことがなかった.餌を捕るのに使われるわけではないが,様々な機能を持ち,また種によって形態が機能が異なると言うのもとても興味深い.海産無脊椎動物はほんとに形質の変化に富んでいるなぁ.特にこのtentacleの先端に眼を持つ例も挙がっていて,感覚器官としての働きを突き詰めることで収斂的に新しい形質を発達させているのが非常に面白かった.

論文備忘録)エダアシクラゲにおける細胞増殖による形態・再生制御

リファレンス

Cell proliferation controls body size growth, tentacle morphogenesis, and regeneration in hydrozoan jellyfish Cladonema pacificum.

Fujita, S., Kuranaga, E., & Nakajima, Y. I. (2019).  PeerJ, 7, e7579.

https://peerj.com/articles/7579/ 

 

 要旨

刺胞動物門ヒドロ虫綱のクラゲはプラヌラ幼生,無性生殖的に増えるポリプ,有性生殖をするクラゲ (medusa) など複数のライフステージを持つ.自由遊泳性のmedusaは複雑な形態を持ち体サイズの増加と再生能力を示すが,根底にある細胞メカニズムについては理解が進んでいなかった.この研究では体サイズの増加,触手の形成,体の再生における細胞増殖の役割を,エダアシクラゲ Cladonema pacificum を用いて調べた.S期の細胞と分裂期の細胞の分布を調べたところmedusaにおいては部位ごとに細胞増殖の様子が区別できた.傘の部分では均一に増殖が見られた一方,触手では付け根のtentacle bulbに固まって細胞が増殖している様子が見られた.均一な細胞増殖が体サイズの増加に関わるのではないかと考えられたためhydroxyureaにより細胞増殖を阻害した結果,実際に体サイズは減少し触手の分岐や刺胞細胞の分化,再生に欠陥を引き起こした.また,ヒドロ虫綱の他の2種との比較の結果tentacle bulbにおける局所的な細胞増殖が童謡に見られこのような形成過程はヒドロ虫綱に置いて共通だと考えられる.以上より細胞増殖がクラゲにおける体サイズの増加や触手の形態形成,再生において重要な役割を果たしていることが確かめられた.

 

コメント

一言:触手の形成過程

触手というものの形態形成に興味があってなんとなく調べてみていたところ見つけた論文.細胞増殖が触手の基部に当たるtenntacle bulbにかぎられそこから伸び続けるといったことは,脊椎動物などで一般に付属肢は先端に増殖領域があるのとは対照的で面白い.位置情報や細胞増殖に関わる遺伝子の発現も気になる.刺胞動物の触手は刺胞細胞を持つという特徴もあるが,その配列のパターンなども調べてみると面白そうやなぁ.

 

論文備忘録)ウニの管足における表現型可塑性

リファレンス

Plasticity in the purple sea urchin (Strongylocentrotus purpuratus): Tube feet regeneration and adhesive performance.

Narvaez, C. A., Padovani, A. M., Stark, A. Y., & Russell, M. P. (2020).  Journal of Experimental Marine Biology and Ecology, 528, 151381.

 

要旨

アメリムラサキウニにおける管足の表現型可塑性の論文 

※表現型可塑性…同一遺伝子を持つにもかかわらず,環境要因などに応じてある形質の表現型が変化すること.

 

管足と棘はウニが基質に固着するために必要で生存の要となる器官である.これらの形態や吸着力は環境に応じて変化すると考えられているが,管足を欠損した際元に戻るまでにどのくらいかかるのかといったことや様々な環境要因と吸着力の関係性は明らかになっていなかった.この研究では,1,環境に応じた管足の表現型可塑性を調べること,2,管足の切除後機能が回復するまでの過程を解析すること,により管足の吸着能力と再生の動態を調べた.結果としては野外でも実験室内でも管足の表現型に可塑性が見られた.野外では泥岩地帯に生息するウニの方が砂岩地帯に生息するものより管足先端のdiscの表面積が大きかった.管足は表面の粗い基質でより吸着力を発揮しやすいことがわかっており,今回の結果は砂岩の方が泥岩より表面が粗いため,泥岩においてより強い吸着力が必要になり,表面積を拡大させることに繋がったのではないかと考えられる.また今回の実験では,一度切除した管足は元通りにはならずもとより短い状態で再生が完了していた.しかし,この結果は外部環境の影響を受けない実験室内で再生を進めた影響も含まれていると考えられる.

 

コメント

一言:ウニの管足は単なる吸盤ではない

棘皮動物のウニを用いた研究.ウニの管足は先端に円盤状の構造 (disc) が有り、そこから粘着性の物質を出して基質に吸着するらしい.このdiscの大きさが吸着する基質やタイサイズに応じて変化していることが確かめられた.今回の論文ではその記載にとどまるが,管足は感覚器官としても働いているようなのでどのようなフィードバックが働いてこの可塑性を実現しているのかも非常に興味深いところ.

 

 

論文備忘録)ヤモリの吸着構造

リファレンス

Attachment Beyond the Adhesive System: The Contribution of Claws to Gecko Clinging and Locomotion

Naylor, E. R., & Higham, T. E. (2019). Integrative and comparative biology, 59(1), 168-181.

 

要旨

ヤモリの足に見られる吸着のための構造の論文

ヤモリの足の裏には吸着のためのpad(趾下薄板というらしい)があり,このパッドに生える剛毛によって生じたファンデルワールス力を利用して吸着しているということは研究が進んでいる.一方ヤモリの足先にはこのパッドとは別にツメもあるのだが,この機能については今まで研究がほとんどなされていなかった.この論文ではヤモリのツメに注目し,ツメの有無が壁にしがみつく能力にどの程度影響を与えるのかを調べている.結果としては,表面の粗い基質や急峻な斜面において顕著に吸着力が低下したことから,そのような基質の上を移動する場面で役立っていることが推察される.

 

コメント

一言:ツメと吸盤の進化の道筋が気になるところ

 バイオミメティクスでも注目を浴びたヤモリの足の話.吸着のためにファンデルワールス力を利用していることは聞いたことがあったが,ツメも利用していることは知らなかった.昆虫でもツメだけでなく吸着のための肉盤を持っているし,頭足類でも吸盤に限らずツメを持つやつもいるし,吸盤とツメの進化はいろいろな動物群で独立して起こってきた模様.ヤモリではツメとパッドは相同ではないようだが,吸着力を求めるとどの動物でもツメと吸盤の両方が結果として獲得されるのだとしたらかなり興味深い.ヒルなどでも実はツメ様の構造があったりするのだろうか.