空き瓶の研究日誌

生物系大学院生の備忘録

塩田邦郎先生のコラムを読んで

日本ジェネティクスの情報サイト,UP!Onlineにて連載されている塩田邦郎先生のコラムを読んで,はっとさせられることがあったので感想メモ.

※UP! Online

 

第六十回 キリマンジャロの老豹
 "本を買い求めて帰宅して読み始め、あれ? どこかで読んだことがあると思いながら、本棚を見ると同じ本が見つかることがある。コーヒーカップを手に、モノトーンの北向きの部屋で、重ねて購入した本に向かいながら、これが歳をとるということ? とまるで一人芝居をしているような錯覚に陥る。歳をとり始めて初めて戸惑う場面だ。

 歳をとってからも(がんなど特殊な細胞を除いて)ゲノムDNAは若い頃と同じはずだ。受精卵の段階から胎児期、児童期、青年期、壮年期を経て、老年期に至っても、生涯にわたって全身の細胞のゲノムDNAは不変だ。大きく変わるのは、エピジェネティクスによるゲノムDNA利用のあり方なのだ。"

~~~中略~~~

 "コーヒーを味わい思いながら回顧する。本棚に眠っているはずの、アーネスト・ヘミングウェイの短編(ヘミングウェイ全短編2『キリマンジャロの雪』高見浩(訳)新潮文庫)を探し出し、その銘句「キリマンジャロは標高6007メートル、雪に覆われた山で(中略)、その西の山頂は、マサイ語で“ヌガイエ・ヌガイ”、神の家と呼ばれているが、その近くに干からびて凍りついた、一頭の豹の屍が横たわっている。」の頁を開く。

 山頂付近まで辿り着いた豹は老衰だったのか、それとも若気の至りでここまで来てしまったのか? DNAメチル化を調べればそれもわかる。凍りつく山頂付近ならゲノムDNAの保存状態も悪くないかもしれない。その前に豹のエピジェネティクス時計を作るための基礎データが必要だろうから、動物園と交渉せねば。それに、山頂まで登るには足腰も鍛えねば…私の脳内エピジェネティクスの園は花盛りだ。

 人生の終末に向かって刻々と進むエピジェネティクス時計は砂時計とは違い、日常のふとしたことで逆戻りすることもある。なぜ私たちは歳をとるのか?の問いをそのメカニズムに内蔵した不思議な生命の時計だ。”

 

小説は読まないではないが,ここまで思慮深く読めているだろうか,と自問した.

もちろん,その作品自体は深く読もうとしていると思う.ただ,そこから自分の世界へと拡張していくこと,その思考の方向性は意識しないと身につかないものではないかと感じた.

まだ日常生活まで研究と結びつけて考えられていないな.それが出来れば、もっと研究における視野を豊かに広げ,楽しめるのではないかと思うので,意識していきたい.