空き瓶の研究日誌

生物系大学院生の備忘録

組織切片作製のコツ(2,各段階でのトラブルシューティング)

 組織切片の作製について今回は前回挙げた各段階においてよくある問題とその対策についてまとめる。

 (よくある問題点はラボで後輩からよく相談される事柄を挙げています)

 

 

1,サンプルの固定

  a. 固定の際に組織がかなり縮んでしまう

  • 海産無脊椎動物を扱うウチのラボでは多くの人がまず直面する問題.単純なことだが固定前の麻酔が一番大事.生物種によって適した方法が違うが,海産無脊椎動物の場合MgCl2水溶液やメントールを用いると上手くいく場合が多い.適当にやらずにどのくらいの時間麻酔するべきか見極めていくのはかなり重要.
  • また,麻酔ではどうにもならない場合,弱めの固定液でゆっくり固定し,その間ピンセットで縮んで欲しくない部分を伸ばしておくのも意外と上手くいく場合がある.

 b. 固定液の相性が悪い

  • 例えば,ブアンは軟組織の切片作製に用いると上手くいくことが多く、脱灰を同時に行うことができるなどの利点もある.当たり前のことではあるが,それぞれの固定液の特徴をよく調べておいたほうが良い.


2,脱水~パラフィンへの包埋

 この段階を生物に応じて調整するのが個人的には最も大事だと思う.ミクロトームで実際に切ってみて上手く切れない場合の大半は脱水・パラフィンの浸透が上手くいっていないことが原因.

 

 a. 脱水が不十分

 最もありがちなパターン.基本的な対処法は以下の通り.

  • 脱水エタノール系列各段階の時間を長くする
  • 脱水エタノール系列の段階を増やす (先に上げたプロトコルの場合50%EtOHや80%EtOHを追加するなど)
  • サンプルを切り分ける,切り込みを入れる

 b. パラフィンの浸透が不十分

  • 脱水が不十分な場合の対処法とほぼ同じ
  • 透徹が不十分,または透徹剤が残ってしまっている可能性もある.透徹の時点で組織が一様に半透明になっておらず,内部に白濁が見える場合は透徹が不十分.パラフィンを浸透させる際,移し替えていくパラフィンの順序を間違えると透徹剤が上手く抜けきらない.浸透用パラフィンを入れた容器は一回目,二回目,三回目のものをしっかり区別しておく.

 

 c. パラフィンが均一でない

  • 溶けていないパラフィンのカスが混入
  • 固まり方にムラがある…サンプルをピンセットでつかんでいた場合など,サンプル周囲のパラフィンが先に冷えて固まり変えてしまうとムラができてしまう
    →ピンセットをアルコールランプ等で度々あぶりながら行う,竹箸を削ってピンセットの代わりに用いる

 


3,薄切・伸展

 a. 切片がリボンにならずバラバラになる

 “最も不愉快で能率を低下させること甚だしい” (田中克己・浜清, 1970)

  • 室温が低すぎるかパラフィンが固すぎる場合,エアコンなどで室温を調整する
  • ミクロトームの刃を替えるor研ぐ
  • 切片を薄くする
  • サンプルの脱水が不十分→2-bの通り脱水の条件検討
  • 包埋したパラフィンが均一でない場合→2-cに記述の通りに対策

 

 b. 切片がくるくると巻いてしまう

  • 上記と同じく室温やパラフィンの硬さが問題の場合が多いので主な対策は同じ
  • 巻いた部分を筆先や針で伸ばして次の切片を切るという手もある.数枚無理矢理でも繋がるとそのまま上手く切れる場合も多い 

 

 c. 切片にしわができてくしゃくしゃになる

  • 刃にパラフィンの切れかすが残っている場合,キシレンで拭き乾かす
  • 刃の動かすスピードをゆっくりにする
  • サンプルにパラフィンが付着している場合,筆などで払い除く
  • ミクロトームの刃を替えるor研ぐ
  • 室温が高すぎる可能性もある,エアコンなどで調整
  • サンプルの脱水が不十分→2-bの通り脱水の条件検討
  • 包埋したパラフィンが均一でない場合→2-cに記述の通りに対策 

 

 d. リボンが裂ける

  • パラフィンに不純物が混ざっている…包埋する際に注意するしかない
  • サンプルにパラフィンが付着している場合,筆などで払い除く
  • ミクロトームの刃を替えるor研ぐ


4,染色

 a. 色が薄すぎる

  • 全体的に発色がはっきりしない…組織が悪くなっている可能性が一番高い.できるだけ新鮮なサンプルを固定するのが基本.
  • 固定液が合っていない…生物によって染色に適した固定液は異なり,同じ生物でも固定液の種類を変えるときれいに染まることもある.よく使われるものにこだわらず,固定液は色々試してみるのをおすすめする.
  • HE染色でエオシンが上手く染まらない場合…エオシンは染色後の流水洗や70%EtOHで一気に抜けてしまうため,染色後の洗いの時間を短くすることで改善することが多い
  • 今回紹介した手法では卵白グリセリンを用いてスライドグラスをコーティングし,HE染色を行っているが,卵白グリセリンが多すぎるとスライド全体がエオシンで真っ赤になってしまうので卵白グリセリンの量にも注意して欲しい


5,観察

 a. 焦点が合わない

  • 封入剤が多すぎるとスライドに厚みができてしまい,焦点が上手く合わなくなることがある.封入剤の量は多すぎず,少なすぎないように調整すべき
  • レンズの焦点深度も要注意.厚みが出てしまった場合,40倍の対物レンズなど高倍率のレンズでは焦点が合いづらくなってしまうため,倍率を落とした方が結局きれいに見られることもある.

 

 前回から時間が経ちすぎてしまったので、まだ加筆すべきことはあると思われるがとりあえず投稿しておく.適宜アップデートしていくつもりです.